<夫に女としての自分を拒絶されている?>子宮筋腫から子宮体がんへ発展…ホルモン療法での治療後、妊娠はできたのか?

基礎体温グラフ

私が結婚したのは35歳の時でした。

もう35歳になっていたのに、しばらくは夫婦二人の時間を楽しんで子どもはのんびりつくればいい、なんて悠長なことを考えていました。

 

結婚後に見つかった子宮筋腫が原因で子どもが出来なかったのか?

結婚して半年頃、会社の検診で貧血を指摘され、婦人科を受診すると子宮筋腫が見つかりました。

子どもができないのもそのせいだと言われました。

筋腫は手術で取ってしまえば何ともないからと、別に心配もしませんでした。

ところが、手術で取った筋腫を念のため検査したら、初期の子宮体がんが見つかったと言われました。

がんということばにさすがにびっくりし、死が頭をかすめました。

しかし医師からは、まだ初期のがんなので、ホルモン療法をして子宮を温存すれば子どもが望める、と提案されました。

夫の母からは、とにかく命が大事だから子宮を取ってほしいと懇願されました。

「子宮を取ったら子どもが産めなくなる…」

そうなると初めて子どもが欲しいと強く思うようになりました。

夫に意見を求めると、自分の好きなようにしていいと言われてしまいました。

妻の意思を尊重するように装って、結局は責任のがれをしているんだと思いました。

病気になって心が弱っている時にこそ、しっかりと支えてほしいのに。

そんなこんなでずいぶん悩みましたが、ホルモン療法を受けることを決断しました。

ホルモン剤を毎日飲み、3ヶ月ごとに子宮の内膜を削る手術を受けます。

削った細胞を検査してがんが消失したのを確認するまで、2、3回手術を行うことになるだろうとのことでした。

 

女としての自分を拒絶されているのかと悩んだ日々

治療を始めると、「がんが治るまで性交するのはやめよう」、と夫に言われました。

医師から性交をやめるように言われたことはありません。

女としての自分を拒絶されているんだと感じてしまいました。

夫に「がんになった私を汚いと思うの?」と聞くと、そんなことはないと言います。

でも、かたくなに性交は断られ続けました。

夫はものすごく怖がりなので、がんということばに理屈抜きでびびってしまい、私の体に触れることが怖くなってしまったのかなと思います。

私の体を傷つけてはいけない、と夫なりの優しさだったのかもしれません。

でも、私の望んでいることとは違う夫の見当違いの優しさは、余計に私を傷つけました。

性交は拒絶されるものの、キスだけはしていました。キスだけで嬉しいと思ってしまう自分を情けなく感じたりしました。

辛い治療中にささいなけんかをする度に離婚したいと思い、実際に何度か実家に戻ってしまったこともありました。

でも、実家で2、3日過ごしている間に考えるのは夫のことばかり、反省して優しい夫になってくれるかなとか、美味しいものを今度つくってあげたいなとか、ふと思ってしまうのです。

まだ好きという気持ちが残ってるんだなと気づいてしまいました。

 

職場の人にも悩みを打ち明けてみると…

ある時、職場の人の体験談を聞きました。

今は再婚して幸せな彼女も、最初の結婚は壮絶だったそうです。

元夫がギャンブル狂で、彼女が生活費を稼いでいたとのこと。

日々言い争い、さんざん揉めて、しまいには愛人だという女まで現れて、7年で離婚。

その後、元夫が死んだと連絡を受けたときも、悲しい気持ちには全くならず、せいせいしたと言ってました。

「うちはとことんやりつくしたからね」と言われました。

私たちはまだとことんやったとは言えないな、彼女の壮絶さに比べたら私の悩みは浅いのかな、と思いました。

 

不妊治療のスタートラインにようやく立つ

ホルモン療法がうまくいってがんが消失したら、やっと不妊治療のスタートラインです。

体外受精を受けることになり、そのために頻繁な通院しました。

そして、毎日薬を飲み、妊娠しやすいように葉酸サプリを摂取したり、軽い運動をするなど体調を整える生活がはじまりました。

 

 

しかし、こんな風に時間もお金も心も注ぎ込んでも治療がうまくいくとは限りません。

体外受精を受けては失敗して落ち込む、ストレスの高い日々でした。

夫は精子を出すことだけが役割だし、悩みを聞いたり励ましたりしてくれる人ではないので、孤独な戦いをしている心境でした。

 

妊娠したのも束の間、初期流産を経験

4回目の治療で妊娠したのもつかの間、初期流産してしまいました。ものすごくショックでしばらくは泣いてばかりいました。

ある朝泣きながら目覚めてしまい、寝ている夫を起こして「抱き締めてほしい」というと、「疲れてるから」と拒絶されてしまいました。

そのことがきっかけで、日頃からの不満が爆発し、夫に離婚を言い渡しました。

夫はなんとか離婚を食い止めようと必死で私の機嫌をとり、「自分たちの子どもが欲しい、もう一度治療を受けて欲しい」、と言いました。

駄々をこねるような夫を見て、この男は一生成長しないだろうと思いました。

その時に何故か、生まれてくる子どもと夫の面倒を私が見なくちゃ、と思ったのです。

その後の治療で運よく妊娠し、結婚5年目で待望の子どもに恵まれました。思えば長い日々でした。

短期な私はいまだに腹が立つと「離婚してやる!」と思いますが、少し冷静になると、私は幼い息子と44歳の夫のママなんだから頑張らなくちゃね、と気合いを入れています。